八月六日コンプレックス

essay


私は誕生日にあまりよい思い出がない。

ゆっくり思い出せば何かあるのだろうけど、真っ先に思い浮かぶイメージがあまりよろしくないものばかりなので、まぁあまり楽しい思い出が出てこない。

私の誕生日は8月6日で、誕生日には広島原爆の日の平和式典がテレビで流れ、田舎特有のサイレンが鳴り、黙とうをする朝というイメージが真っ先に出てくる。

夏休み真っ最中だから、給食時間に友達と牛乳で乾杯したという思い出もない。

親はいつも、「お誕生日おめでとう」と声をかけてくれたし、今現在離れて暮らしていてもメールや電話をくれるので、一般的に見ても愛情深い人たちだとは思うのだが。

なにせ、小さい頃から『自分の誕生日は人が大勢死んだ日である』という刷り込みがそれはもう強かったので、あまり堂々と自分の誕生日を喜べないまま、今の歳まで生きている。

誕生日なんて、誰のせいでもないのだけれども。
親のせいでもなし、というか私が自分で母を産気づかせた方が強いのだろうし。
世界中、8月6日に生まれた人は私以外に大勢いるのだろうし。

それでもずーっと誕生日がしんどいままだった。

自分の誕生日は人が大勢死んだ日で、自分の誕生日は神妙に過ごさねばいかんのだ、戦争の話を聞いて、黙とうをしなきゃいかんのだ、と、ずーっと思っていた。

それがいつしか、「私は生きていることを喜んではいけないのだ」という思いにすり替わってしまって、生きていることがずーっと苦しかった。



思いが変わったのは、2011年3月11日、東日本大震災の日。

私は関東の学生寮にいて、住んでいた建物は電気もガスも水道も止まり、近くのコンビニでどうにか乾電池式の充電器を買って、友だちと順番にスマホを充電しながら心細く過ごした。

テレビの報道も見られなかったので、Twitterでひたすら情報を集め、友人や知人の無事を確認した。
余震が続く中、次に何かあったときにいつでも避難できるようにと、くつろげないジーンズを着たままうとうとと夜を明かした記憶がある。

Twitterではいろんな情報が錯綜していて、惨状を伝える写真や動画も救助を待つ人の声もデマもいろいろと流れていたけれど、
もうどこの誰だかわからない人が、こんなことを呟いていた。

「こんな日でも、きっと誰かはお誕生日だから、その人はちゃんとお祝いをしてほしい。
 不謹慎だと思わず、きちんとお誕生日を祝ってほしい。」

私が言われたかった言葉が書かれていて、胸に明かりが灯ったようだった。



その後、何かのきっかけで、占いに詳しい方と誕生日の話になったとき。
8月6日という日が、大事だけれど、とてもつらいと言ったことがあった。
その人は、

「人が大勢死んだ日でも、赤ちゃんは生まれてくる。希望の種そのものですね」

と言ってくれた。



たとえば、私が母を産気づかせるのがもうちょっと早かったり遅かったりして、
8月5日や8月7日に生まれていたら、
どんな性格になっていたかは、ちょっと想像がつかない。

ほんの一時期、出来心で、まったく違う日を自分の生年月日に設定して数年間過ごしてみたことがあったけれど、それもしっくりこなかった。

私のアイデンティティの中に、もうどうしたって「自分の誕生日は8月6日である」と根付いてしまっているので、開き直るしかない。

この誕生日を持ったから人生で一度は広島にも行かねばとは思っているけれど、まだ怖くて行けていない。

世の中の、8月6日生まれの方、もしくは我の誕生日こそはトラウマであるという方、どういう日々を過ごしていらっしゃいますか。
誕生日、楽しく過ごせていますか。
いつぐらいから楽しくなってきましたか。

私はこの数年、楽しく慈しみを持って過ごそうとは思っているのですが、なにぶん経験が浅いもので、自分の誕生日をまだうまく過ごすことができずにおります。

誕生日が楽しい日って、いいなぁ。
サイレンを聴きながら黙とうしなくていいって、いいなぁ。

私も今年こそ、もうちょっと楽しい誕生日にしようと思います。
いよいよ「推し」と同い年になるので。うふふ。
亡くなった方にも思いを馳せつつ、でも自分の誕生日もしっかり楽しく過ごしたいなぁと思っています。
今までの年月の分も込めてね。



いつだったか、仕事の後に飲みに行ったとき。
そのグループの人たちと、誰が一番インパクトのある日が誕生日かって話になった。

8月6日、負けねぇだろと思っていたんだけれど、
ひとりはキリストと同じ誕生日、
もうひとりはブッダと同じ誕生日で、
みんな強かった。
こんな人たちが集まることある!?ってみんなで笑った。

誰が一番とか決められないよね。
みんな大事な誕生日。

誕生日がしんどい人がいても、「ちゃんとお祝いしていいんだよ」って言える説得力のある大人になれるように、私も自分の誕生日を大事に過ごしていきます。